古代日本の葬儀と聞くと、「難しそう」「今の私たちに関係があるの?」と感じるかもしれません。
本記事では、『古事記』に描かれた殯(もがり)と『常陸風土記』に残る葬列を手がかりに、昔の人々が死者をどのように弔い、送り出してきたのかを学びます。
古代の葬送文化を知ることで、命の有限性や人とのつながり、文化を受け継ぐ意味が見えてきます。死を知り、今をどう生きるのか、一緒に考えてみましょう。
おある日、子どもがお葬式から帰る途中、親に尋ねました。
「どうして亡くなった人に、みんなでお別れをするの?」
親は少し考えてから答えました。
「人の命には、いつか終わりがあるからだよ。ずっと一緒にいられるわけではない。だから、生きている間に人を大切にすることも、亡くなったあとに『ありがとう』と伝えて見送ることも大事なんだ」
そして、こう続けました。
「昔の人たちも、大切な人が亡くなると、悲しみ、死者のそばで時間を過ごし、みんなで送り出してきたんだよ。その方法は時代とともに変わっても、人を大切に思う心は受け継ぐことができる。お葬式の文化を知ることは、昔のやり方を覚えるだけじゃない。命には限りがあることを知り、自分や周りの人をどう大切にして生きるかを考えることでもあるんだよ」
子どもは少し黙ったあと、「じゃあ、今日一緒にいられることも、大切なんだね」と答えました
あなたなら、この問いにどう答えますか?
この章で扱う主なポイントは以下のとおりです。
● 死者と過ごす、最後の時間 ― 殯(もがり)
● 死者と生者をつないだ「送りの道」 ― 葬列
学習目標
● 古代日本にどのような葬送儀礼があったのかを知る
● 「殯(もがり)」がどのような営みだったのかを理解する
● 古代の「葬列」がどのように記録されているのかを知る
● 昔と現代の葬送の違いや共通点について考える
● 死者を大切に送り出す行為から、命や他者を思いやる心について考える
死者と過ごす、最後の時間 ― 殯(もがり)
殯(もがり)とは、人が亡くなったあと、すぐに埋葬するのではなく、遺体を一定期間安置しながら、死者を弔う葬送の営みです。遺体を安置する場所は「喪屋(もや)」などと呼ばれ、そこで死者に食事を供えたり、悲しみを表したり、歌舞を行ったりする様子が古代の文献に描かれています。葬送の方法や期間は一様だったとはいえませんが、死から埋葬までのあいだに、死者と向き合う時間が設けられていたことを考える手がかりになります。
殯を学ぶ意味は、珍しい昔の風習を覚えることだけではありません。人は大切な人の死にどう向き合い、悲しみをどのように表し、死者との別れを受け止めてきたのかを考えることにあります。
その手がかりの一つが、712年に成立した『古事記』に登場する天若日子(あめのわかひこ)の物語です。
そこでは、天若日子が亡くなったあとに「喪屋」が設けられ、河雁(かわがり)・鷺(さぎ)・翠鳥(そにどり)・雀(すずめ)・雉(きじ)に、それぞれ葬送にかかわる役割が割り当てられています。そして「日八日、夜八夜を遊びき」とする記述が残されています。
喪屋は遺体を安置する場所であり、そこでは複数の役割を持つ者が死者をめぐる営みにかかわったとされています。「岐佐理持(きさりもち)」は旗を持つ役、「掃持(ははきもち)」は箒を持つ役、「御食人(みけびと)」は死者に食事を供える役、「碓女(うすめ)」は供える米をつく役、「哭女(なきめ)」は悲嘆を表して泣く役です。また、「遊ぶ」は、死者の霊を慰めるために歌ったり踊ったりする歌舞として説明されています。
つまり、殯では遺体を置いておくだけではなく、死者に食事を供すること、死を悲しむこと、歌舞によって慰めることなど、死者を中心としたさまざまな行為が営まれていたと考えることができます。
また、殯には「死」と「埋葬」の間に一定の時間が存在するという特徴があります。人が亡くなってもすぐには埋葬せず、長い場合には白骨化に至るまで死者の鎮魂を行ったとも言われています。
現代の葬儀とは方法も社会的背景も異なるため、殯を現在の通夜や葬儀とそのまま同じものとして考えることはできません。しかし、古代の人々が死者をすぐに日常から切り離すのではなく、一定の時間を伴う葬送を行っていたことは、人間が死とどのように向き合ってきたのかを考える重要な手がかりになります。
ただし、ここで気をつけたいことがあります。
『古事記』は神話や伝承を含む文献です。そのため、天若日子の物語に描かれた一つひとつの行為を、「当時のすべての人が同じ方法で葬儀をしていた」と考えるのは適切ではありません。
歴史を学ぶときには、「古い本に書いてある=すべてがそのまま歴史的事実」と決めつけず、文献や考古資料など複数の手がかりから過去を考える姿勢も大切です。
では、殯から私たちは何を学べるのでしょうか。
まず考えてみたいのが、「死者との別れには、なぜ時間が必要なのだろう」という問いです。
すぐに一つの答えを出す必要はありません。死に対する考え方も、大切な人を亡くしたときの悲しみ方も、人によって異なるからです。
泣く人もいれば、言葉が出なくなる人もいます。思い出を語りたい人もいれば、静かに過ごしたい人もいるでしょう。重要なのは、どの悲しみ方が正しいかを決めることではなく、一人ひとりに、その人なりの時間と死への向き合い方があることを知ることです。
古代の殯と現代の悲嘆への対応を直接同じものとみなすことはできません。それでも殯という文化を学ぶことで、「死者を尊重するとは何か」「大切な人を失った人に、どのように寄り添えばよいのか」という問いへ学習を広げることができます。
そして、その問いは「死」だけではなく、私たちの「生き方」にもつながります。
人の命には限りがあります。家族や友人と過ごす時間も、永遠に続くとは限りません。だからこそ、別れのときだけ相手を大切にするのではなく、生きている今、感謝を伝えること、相手の気持ちを尊重すること、共に過ごせる時間を大切にすることにも意味があります。
殯という古代の葬送文化を知ることは、過去の死者の送り方を学ぶだけではありません。
死を知ることで命の有限性を理解し、命の有限性を知ることで「今、どう生きるか」を考える。
そこまで考えることができたとき、古代の葬送文化は単なる歴史上の知識ではなく、自分自身の死生観を育てる学びになります。
家庭や学校で、「大切な人との別れには、なぜ時間が必要なのだろう」というテーマについて話してみてください。
その際、「悲しいから」「ありがとうを伝えたいから」「思い出を振り返りたいから」「気持ちを整理するため」など、それぞれの考えを出し合い、すぐに一つの正解へまとめないことが大切です。
その理由は、死や悲しみへの向き合い方には個人差があり、自分とは異なる感じ方や考え方が存在することを知る機会になるからです。
こうした対話を行うことで、古代の葬送儀礼を覚えるだけではなく、自分の考えを言葉にする力、異なる価値観を尊重する姿勢、悲しんでいる人の気持ちを想像する力を育てることにつながります。
さらに家庭では、学習したその日に「今、伝えられる感謝」を一つ言葉にしてみましょう。
「ありがとう」「一緒にいてくれてうれしい」「いつも助けてくれてありがとう」。どのような言葉でも構いません。
そうすることで、殯についての学びを「昔の人の葬儀」で終わらせず、限りある命をどう大切にするかという現在の行動へ結びつける効果が期待できます。
クイズ
行動チェックリスト
□ 『古事記』に描かれた殯について、「分かっていること」と「そこから考えられること」を区別できた
□ 悲しみ方や死との向き合い方は、人によって異なることを尊重できる
□ 命に限りがあることを意識し、家族や友人など身近な人へ感謝を一つ伝えてみる
古代から現代まで続く「死者を送る」という文化
古代日本の葬送文化には、死者をある場所から葬る場所へと送り出す「葬列」があったと考えられています。
葬列とは、死者を運ぶ際に、人々が列をつくって進む葬送の形です。ここで注目したいのは、単なる「移動」ではなく、死者を送るための行為として人々がかかわっていた点です。
その様子を考える手がかりの一つが、『常陸風土記(ひたちふどき)』の逸文に残されています。
そこには、黒坂命(くろさかのみこと)の葬送について、次のような記述があります。
黒坂命を乗せた「輪轜車(はふりぐるま)」が黒前之山を出発して日高見之国へ向かい、その葬送では赤い旗と青い幡が入り交じってひるがえっていたとされています。その光景は、雲が飛び、虹がかかるようであり、野を照らし、道を輝かせるほどだったと表現されています。
この記述から読み取れるのは、死者がただ運ばれていたということだけではありません。輪轜車や旗・幡を伴う葬送の光景が、わざわざ文章として伝えられていることにも注目できます。
この記録は、古代の葬列について考える一つの手がかりです。現代の葬列と同じ形だったと断定することはできませんが、死者を運び、送り出すための葬送が古代にも存在したことを考える材料になります。
ここで、「殯(もがり)」との違いを整理してみましょう。
殯では、死者を一定期間安置し、その間に食事を供えたり、悲しみを表したり、歌舞を行ったりする様子が『古事記』に描かれていました。
一方、葬列から見えてくるのは、死者を送り出すために「道を進む」という葬送の姿です。
つまり、二つの葬送文化を学ぶことで、「死者のそばで過ごす」という営みと、「死者を送り出す」という営みの両方が古代の文献に残されていることが分かります。
ただし、『常陸風土記』の記述だけから、葬列に参加した一人ひとりが何を感じ、何を考えていたのかまでは分かりません。
「悲しみを共有するために歩いた」「死者との別れを受け入れるための行為だった」といった心理的な目的まで、史料から直接確認できるわけではないからです。
歴史を学ぶときには、「史料から確認できること」と「そこから自分たちが考えられること」を区別する姿勢が重要になります。
では、史料に書かれていることを確認したうえで、私たちは葬列から何を考えることができるでしょうか。
一つの視点が、「人はなぜ死者を送るのか」という問いです。
現代でも、葬儀について「故人を見送る」「最後のお見送りをする」といった表現を耳にします。
「送る」という言葉には、相手が自分のいる場所から離れていくとき、その人を見届けるという意味があります。葬送という言葉にも「葬り、送る」という文字が使われています。
だからこそ葬列を学ぶときには、昔の交通手段や儀礼の形だけではなく、人が死者を「送る」という行為を長い歴史のなかで続けてきたことにも目を向けてみましょう。
そこから、もう一つの学びが生まれます。
それは、人は他者とのつながりのなかで生きているということです。
私たちは、生まれてから一人だけで成長するわけではありません。家族、友人、先生、地域の人など、多くの人と関わりながら生活しています。誰かに支えられることもあれば、自分が誰かを支えることもあります。
一人の人を見送るという行為について考えることは、その人が生前にどのような人々とかかわっていたのかを考えるきっかけにもなります。
ここから学べる倫理的な視点は、亡くなった人だけではなく、その人とかかわってきた人々も尊重することです。
例えば、同じ人を亡くしても、悲しみ方は家族と友人で違うかもしれません。その人との関係が違えば、思い出も感じ方も異なります。
だからこそ、自分とは違う別れ方や考え方を「おかしい」と決めつけない姿勢が大切です。
葬列について考えることは、死者への敬意だけではなく、自分とは異なる立場にいる人を尊重する倫理観や道徳観について学ぶことにもつながります。
さらに、葬列は日本だけに見られる葬送の形ではありません。葬列は世界各地の葬儀にも見られるとされています。
もちろん、世界中の葬列が同じ意味や方法を持っているわけではありません。宗教、地域、時代によって、死者の運び方、参加する人、服装、音楽、祈りなどにはさまざまな違いがあります。
だからこそ、文化を学ぶときに必要なのは、「自分たちと同じか、違うか」だけで判断することではありません。
「なぜ、この地域ではこのような方法で死者を送るのだろう」と相手の文化の背景を知ろうとする姿勢が重要です。
これは、葬送文化だけに必要な考え方ではありません。異なる文化や価値観を持つ人と共に生きる現代社会において、相手を理解しようとする姿勢にもつながります。
そして、文化を次の世代へ受け継ぐということも、「昔とまったく同じ葬列を再現すること」だけではありません。
葬儀の形は、社会や生活環境とともに変化していきます。それでも、「なぜ人を見送るのか」「なぜ亡くなった人を大切に扱うのか」「なぜ悲しむ人に配慮するのか」という問いを親から子へ伝えることはできます。
儀礼の形だけではなく、その背景にある意味について考え、次の世代へ伝える。
それもまた、文化を継承する一つの方法です。
古代の「送りの道」を学ぶことは、昔の葬儀を知るだけではありません。
死者を送る文化を知り、人とのつながりに気づき、異なる価値観を尊重し、自分たちは何を次の世代へ伝えていくのかを考える。
そこまで学びを広げることで、葬列という歴史上の葬送文化が、現代を生きる私たち自身の課題につながっていきます。
家庭や学校で、「自分たちの地域では、人が亡くなったとき、どのように見送ってきたのだろう」というテーマを調べてみましょう。
家族や地域の年長者に昔の葬儀について聞いたり、地域の郷土資料を調べたりして、「昔の見送り方」と「現在の見送り方」を比べます。
ここで重要なのは、どちらが優れているかを決めることではありません。「何が変わったのか」「なぜ変わったのか」「それでも残っているものは何か」という三つの視点から考えてみてください。
この学習を行う理由は、文化を「昔から変わらないもの」として覚えるのではなく、人々の生活や社会の変化とともに形を変えながら受け継がれてきたものとして考えるためです。
さらに、家族から話を聞くこと自体にも意味があります。教科書だけでは分からない地域の記憶や家族の経験に触れ、「自分たちの前にも、この地域で暮らしてきた人がいた」という時間的なつながりを考える機会になるからです。
こうした学習によって、歴史的事実と自分の考えを区別する力、世代の異なる人の話を聞く力、異なる文化を尊重する姿勢、地域文化を次世代へ伝えようとする意識を育てる効果が期待できます。
最後に、「自分が次の世代へ残したい見送りの心は何だろう」と考えてみましょう。
形式そのものではなく、「感謝する」「相手を尊重する」「悲しむ人に寄り添う」など、自分が大切だと思った意味を言葉にすることで、文化継承を自分自身の問題として考えられるようになります。
クイズ
行動チェックリスト
□ 黒坂命の葬送について、史料から確認できる内容と、自分の考えを分けて説明できる
□ 「殯=死者と過ごす営み」「葬列=死者を送り出す営み」という違いを、自分の言葉で説明できる
□ 自分とは異なる葬送文化を見たとき、「変わっている」と判断する前に、その背景や意味を知ろうとできる
□ 家族や地域の人に昔の見送り方について一つ質問し、現在との違いや受け継がれているものを考えられる
□ 葬送文化から学んだ「次の世代へ伝えたいこと」を一つ自分の言葉にできる
古代日本の葬送文化をたどる
古代日本の葬送文化をたどると、死者との別れに向き合うためのさまざまな営みがあったことが分かります。
『古事記』に描かれた天若日子(あめのわかひこ)の葬送では、「喪屋(もや)」を設け、死者に食事を供え、悲しみを表し、歌舞を行う様子が記されています。こうした死者を一定期間安置して弔う営みは、「殯(もがり)」を考える重要な手がかりです。
一方、『常陸風土記』逸文に記された黒坂命(くろさかのみこと)の葬送では、「輪轜車(はふりぐるま)」が進み、赤旗や青幡がひるがえる光景が描かれています。この記述からは、古代の「葬列」について考えることができます。
つまり今回の学習では、死者と一定の時間を過ごす「殯」と、死者を送り出す「葬列」という二つの側面から、古代日本の葬送文化を見てきました。
ただし、古い文献に書かれていることを、そのまま当時のすべての人々の暮らしや葬儀に当てはめることはできません。特に『古事記』には神話や伝承が含まれています。だからこそ、「文献に書かれていること」「そこから分かること」「自分たちがそこから考えたこと」を区別する姿勢も、歴史を学ぶうえで大切です。
そして、古代の葬送を学ぶ目的は、昔の儀礼や難しい言葉を覚えることだけではありません。
人にはいつか死が訪れます。だからこそ、家族や友人と一緒に過ごせる時間にも限りがあります。また、大切な人を失ったときの悲しみ方や、死に対する考え方も一人ひとり異なります。
その違いを知り、相手の気持ちや価値観を尊重することは、命を大切にする倫理観や、他者を思いやる道徳観を育てることにもつながります。
葬送の形は、時代や社会とともに変わっていきます。しかし、昔の方法をそのまま残すことだけが文化継承ではありません。
なぜ人は死者を弔うのか。なぜ大切な人を見送るのか。そこから命について何を学び、次の世代へ何を伝えていくのか。
親から子へ、そして次の世代へ、この問いをつないでいくことも、葬送文化を受け継ぐ一つの方法です。
死を知ることで、命の有限性を知る。
命の有限性を知ることで、今ある時間の大切さに気づく。
そして、その気づきを、人を尊重し大切にする行動へつなげていく。
古代日本の「死者を送る儀式」は、遠い昔の出来事を知るためだけの学びではありません。
「限りある命を、私はどう生きるのか」
その問いを自分自身に向けることこそ、葬送文化を学ぶ大きな意味の一つなのです。
FAQ
Q1.殯(もがり)では、どのようなことが行われていたのですか?
『古事記』に描かれた天若日子(あめのわかひこ)の葬送では、死者を安置する「喪屋(もや)」が設けられています。そこでは、死者に食事を供える、米をつく、悲しみを表して泣く、歌舞を行うといった複数の役割や行為が描かれています。
こうした記述は、古代の人々が死者をどのように弔っていたのかを考える手がかりになります。ただし、『古事記』は神話や伝承を含むため、描かれた方法が当時のすべての人に共通していたと断定することはできません。
Q2.殯(もがり)と葬列(そうれつ)は何が違うのですか?
今回学んだ資料では、殯は、死者をすぐに埋葬せず、一定期間安置しながら鎮魂する葬送の営みとして説明されています。
一方、『常陸風土記』逸文に残された黒坂命(くろさかのみこと)の記述からは、輪轜車(はふりぐるま)が進み、赤旗や青幡を伴って死者を送り出す葬列の様子を読み取ることができます。
この記事では、二つの違いを理解しやすくするため、**「死者と過ごす殯」と「死者を送り出す葬列」**という視点から学んでいます。
Q3.昔の葬送について書かれた記録は、すべて歴史的事実なのですか?
古い文献に書かれていることを、そのまますべて歴史的事実と考えるのは適切ではありません。例えば『古事記』には、歴史的な内容だけでなく神話や伝承も含まれています。
そのため、古代の葬送を学ぶときには、「文献に何が書かれているか」と「そこから何が分かるのか」を分けて考えることが大切です。文献や考古資料など、複数の手がかりをもとに過去を考える姿勢が歴史学習につながります。
Q4.古代の葬送文化を学ぶことは、今の生活とどのようにつながりますか?
殯や葬列を学ぶ目的は、昔の儀礼を暗記することだけではありません。死者を弔い、送り出してきた文化を知ることから、命には限りがあること、人を尊重すること、悲しみ方には違いがあることについて考えられます。
そして、**「限りある時間のなかで、今そばにいる人とどう関わるか」**という問いへつなげることで、歴史の学習を自分自身の生き方を考える学びへ広げられます。
Q5.葬送文化を次の世代へ伝えるには、昔と同じ葬儀を続けなければいけませんか?
文化を受け継ぐことは、昔の方法をそのまま再現することだけではありません。葬送の形は、時代や社会、地域によって変化します。
「なぜ死者を大切にするのか」「なぜ人を見送るのか」「悲しんでいる人にどう向き合うのか」といった、儀礼の背景にある意味を考え、親から子へ伝えることも文化継承の一つとして考えることができます。
用語集
| 葬送儀礼(そうそうぎれい) | 人が亡くなったときに、死者を弔い、送り出すために行われるさまざまな儀礼や営みのことです。方法や意味は、時代・地域・文化などによって異なります。 |
| 殯(もがり) | 人が亡くなったあと、すぐに埋葬するのではなく、遺体を一定期間安置しながら死者を弔う古代の葬送習俗です。長い場合には白骨化に至るまで鎮魂が行われたと言われています。 |
| 喪屋(もや) | 死者の遺体を安置するために設けられた場所です。『古事記』の天若日子の葬送にも喪屋が登場し、そこでさまざまな葬送の営みが行われたことが記されています。 |
| 岐佐理持(きさりもち) | 天若日子の葬送に登場する旗を持つ役です。 |
| 掃持(ははきもち) | 葬送において箒(ほうき)を持つ役です。死者を安置する喪屋にかかわる役割として言われています |
| 御食人(みけびと) | 死者に食事を供える役です。古代の葬送において、死者に対して食事を供える行為があったことを知る手がかりになります。 |
| 碓女(うすめ) | 死者の膳(ぜん)に供える米をつく役です。「碓(うす)」は、穀物などをつくために用いられる道具を意味します。 |
| 哭女(なきめ) | 死者のために悲嘆を表現して泣く役です。「哭(こく)」には声をあげて泣くという意味があります。天若日子の葬送では、雉(きじ)がこの役を担うものとして描かれています。 |
| 歌舞(かぶ) | 歌ったり踊ったりすることです。天若日子の葬送について、「遊ぶ」を、死者の霊を慰めるために歌ったり踊ったりすることと言われています。 |
| 鎮魂(ちんこん) | 死者の魂や霊を慰め、鎮めることを表す言葉です。 |
| 葬列(そうれつ) | 死者を葬る場所などへ送り出す際に、人々が列をつくって進む葬送の形です。『常陸風土記』逸文の黒坂命の葬送は、古代の葬列について考える手がかりとされています。 |
| 輪轜車(はふりぐるま) | 『常陸風土記』逸文の黒坂命の葬送に登場する、葬送に用いられた車です。黒前之山から日高見之国へ向かう様子が記されています。 |
| 古事記(こじき) | 712年に成立した日本の古い文献です。神話や伝承などが記されており、天若日子の葬送の場面は、古代の葬送儀礼を考える手がかりの一つとなっています。 |
| 常陸風土記(ひたちふどき) | 古代の常陸国(現在の茨城県を中心とする地域)について記した風土記です。 |
| 天若日子(あめのわかひこ) | 『古事記』に登場する神です。 |
| 黒坂命(くろさかのみこと) | 『常陸国風土記(ひたちのくにふどき)』に登場する古代の武人です |
ネクストアクション
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順をおって進めることで「葬儀」についてしっかりと学べます。
関連動画(YouTube【葬儀塾ch】)
「葬儀」を動画で学べます。親子で視聴し、感想を話し合うのがおすすめです。




